富士から興津宿へ [2006/2/4 Sat.]

好天に恵まれ、仲間二人と身延線柚木駅を10時ジャストに出発。富士川を渡り、当時の宿場の面影を色濃く残す蒲原宿、由比宿から東海道の親不知と呼ばれた街道歩きのハイライト薩埵峠を越え、興津宿まで歩を進めた。写真は青空のもと、富士川から富士の眺望。
「左東海道」の道標。秋葉山の常夜燈あり。
甲斐の国より流れくる海道一の早川と言われた舟渡し。大正13年まで存在したようだ。

岩淵は間の宿であり甲州と駿河舟運の中継地として栄えた。江戸より37番目の一里塚。

今までの道程とは違い、富士を見るには振り向かねば仰げない。東名高速を渡る陸橋から富士を仰ぐ。

一里塚跡を過ぎ、蒲原宿に入る。 
モダンな雰囲気が漂うなまこ壁の家は蒲原の町並みにしっかりと馴染む。

蒲原宿は昔の風情を今も色濃く残す町である。土蔵造りの家屋や黒塗りの塀も残り、町全体に案内板が設けられ、観光に力を入れる町の方針が伺える。

蒲原宿を過ぎ、約一里で東海道16番目の由比宿に入る。由比宿は最も規模の小さい宿場の一つで、蒲原宿同様に当時の面影を色濃く残している。本陣跡は公園として整備され、往時の姿を再現している。敷地内には東海道広重美術館が開設されている。由井正雪の出身地としても有名で生家跡も紺屋として残されている。

由比宿跡を過ぎ、西に向かう。由比漁港は駿河湾でしか獲れない名物「桜えび」漁船が所狭しと錨を下ろしている。漁協横には「桜えびモニュメント」も。漁港の向こうに見える山々の左隅がこれから向かう薩埵峠。

由比駅を過ぎると、やがて道は緩やかな上り坂となる。古い町並みを抜けていく。途中にあかりの博物館があった。何故このような場所に?

「東海道の険」「東海道の親不知」と言われる薩埵峠は、山塊が海に接する地点で、東に富士、南に伊豆、西に三保の松原、眼下にアワビを取る海女の姿と言う街道無双の展望が楽しめたようだ。今は眼下に東海道本線、国道1号線、東名高速道路が望める。しかし今日は残念ながら楽しみにしていた富士山は雲の中に隠れ望めない。

峠を越え、しばらくすると展望台があり、多くのカメラマンでごった返していた。富士は望めないが、夕方にはこの雲は晴れるのか?

峠の下り坂は初めての地道だ。ミカン畑や路地水仙、梅林、寒椿が咲く山道を一気に下る。

峠を一気に下り、興津川を越えると、今日の宿「駿河健康ランド」が目前だ。
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