「功名が辻」掛川宿から袋井へ [2006/10/21 Sat.]

月日が経つのは早いもの、バタバタしている間に半年経過してしまい、半年ぶりの東海道再スタートだ。その間、「功名が辻」原作はとっくに読み終わり、大河ドラマも天下分け目の関が原も目前だ。
8:39新幹線で掛川駅に降り立つ。町の高校生達やボランティアの人々が集まり、清掃準備で賑わっていた。

掛川城は文明年間(1469-1487)に築かれ、山内一豊が整備した城下町だ。江戸末期に安政の大地震で倒壊したが、平成6年に日本初の本格木造造りで復元された。小ぶりながらも大変美しい城だ。

城内にプレハブで展示館が建てられ、千代と一豊・掛川館が開催されている。 
城周辺は国交省の推進する「ふるさとの顔づくりモデル事業」の一環で「城下町風町づくり計画」が進められ、景観にマッチした白壁の建物が多く見受けられる。

掛川の郊外には火防の神、カマドの神として有名な秋葉神社があり、多くの参拝客で賑わった。道中各所で見かけた秋葉山常夜燈がこれである。

平将門十九首塚」関東一円で反乱を起こした平将門以下19名の武将の首実検を行うため京へ移送中、朝廷より処分するよう命が下り、当地で弔れたとのこと。全員実名が入った塚である。

現在も「十九首」は地名として残っている。
「夏涼山仲道寺」東海道のほぼ真ん中に位置するため命名されたとか。

松並木が多く残り、当時の面影を残している。 
「間の宿・原川」前後に松並木が残る原川は掛川宿から袋井宿への間の宿として賑わったようである。 

原野谷川にかかる同心橋を越えると、「名栗の花茣蓙公園」。大名行列の随行の同心たちが川原で休息したことからこの名があるとか。
「富士浅間宮」の赤鳥居。

江戸日本橋より60里目にあたる「久津部一里塚」
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