松並木を抜け池鯉鮒宿へ [2006/12/2 Sat.]

矢作橋を渡り、池鯉鮒宿へ向かう。所々一号線に合流するもの。随所に松並木が残り、街道歩きの雰囲気を盛り上げてくれる。39番目の宿「池鯉鮒宿」までは15km弱の道程だ。途中、熊野神社前の紅葉は見事だ。
矢作川を渡って直ぐの誓願寺。浄瑠璃姫と義経の伝説が残る。
一号線と合流後しばらく進み、右折する。その辺りから松並木が続く。大きな物は市の天然記念物にも指定されているとか。
熊野神社。裏には岡崎第一海軍航空隊跡が。予科練の碑が立っている。
神社の脇には、一里塚跡の碑があった。

先を進むと、右手に永安寺の見事な雲竜松が目に入る。樹齢300年と言われ、この寺は朽ちて壊れそう!?松の手入れがコストがかかり過ぎ、寺の修復に金が回らぬか?

この辺りは安城ヶ原と呼ばれ、不毛の地だったとか。明治14年に100年近く要して建設された明治用水の記念碑と工事に尽力した人達の霊を祀っている明治川神社。
また松並木が続き、疲れを癒してくれる。

なだらかな坂道を上り、街道歩きの雰囲気が漂うその先に来迎寺一里塚跡があった。左右対で残されている。
知立の松並木に入る。約500mに170本の松並木が続き、見事に整備されている。

道沿いには、芭蕉の句碑や馬市の碑などが整備されている。池鯉鮒は広重の絵にも有るとおり古来より馬市が広く開かれていたようだ。
名鉄線の踏切を渡り、池鯉鮒宿に入る。今は知立と一般的書かれているが、昔は池に鯉や鮒が多くいたためこのような字で書かれていたとか?

知立神社の宮司であった永見氏が築いた城で桶狭間の戦いで炎上したとか?落ち葉を掃除するオジサンが永見氏の第18代目が横浜駅の近くに住んでいる。横浜の人なら尋ねてみればと話しかけてくる。
落ち着いた知立の街並が続く。

本陣や問屋場などは残っておらず、碑が残るのみ。知立神社には国の重要文化財に指定されている多宝塔が残る。
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