石薬師宿から庄野宿へ [2007/2/10 Sat.]

桑名宿から四日市宿までは約16kmと本日の予定コースも折り返しだ。昼食をとり四日市を後にし、石薬師宿から庄野宿までの後半15km強へ挑戦だ。2月初めと言えば一番寒い時期だが、今年は暖冬の影響でコートを脱ぎ、汗ばみながらの行程だ。
四日市を抜け、石薬師に向かう。古い街並が続き、街道歩きを満喫する。所々車の交通量が多くなるのがたまに傷か。
日永の集落を抜け、一号線に合流する。そのポイントが日永の追分だ。県の指定史跡にもなっている。東海道と伊勢参宮道の分岐点で、その三角地帯には、伊勢神宮の鳥居や左いせ道、右京大阪道、すぐ江戸道と刻まれた石標、その他常夜燈、今も神水が湧き出る水屋がある。
創業天保8年と言われる追分饅頭。つぶ餡と酒の香りがマッチした薄皮饅頭だ。1個100円みんなで1個ずつ味わってみた。あっさり味でもっと食べたくなった。

内部川を渡り、左に曲がると杖衝坂に入る。日本武尊は伊吹山の賊を討ち病に倒れ、剣の杖にすがりながらこの坂を越えたという伝説の坂。坂の途中に芭蕉の句碑がある。
いよいよ44番目の宿場町「石薬師宿」だ。四日市宿から亀山宿までの道程が長いことから設けられた宿場だそうだ。古い街並はほとんど残っていない。貴重な資料が残る小沢本陣跡の石標が残るのみ。
その先には当地で生まれた歌人で国文学者の佐佐木信綱の資料館がある。

宿の名は宿場の出口付近にある石薬師寺から名づけられた。真言宗の歴史ある寺だ。正式名は「高富山瑠璃光院石薬師寺」と言うそうだ。
宿を抜け、関西本線ガードの手前に立つ石薬師一里塚跡石標。
また1号線に合流し、単調な道を進む。加佐登駅への曲がり道を過ぎ、コンクリート工場の先を右折すると、いよいよ45番目の宿「庄野宿」への入口だ。
「庄野宿」は東海道中一番新しく1624年に設置された宿だとか。石薬師からは4km強しかなく、規模も小さかったようだ。比較的古い街並が残されている。

庄野宿資料館として開放されている旧小林家住宅と集会所前に立つ本陣跡石碑。ここで本日の予定は終了し、鈴鹿川のかかる庄野橋を渡り、約1.5km離れた鈴鹿市街地の旅館に重い足を引きずり向かう。
疲れを癒す清酒「鈴鹿おろし」。さらっとした辛口で飲みやすい。
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