鈴鹿峠を越え「土山宿」へ [2007/2/11 Sun.]

いよいよ鈴鹿峠越えだ。関宿から坂下宿、鈴鹿峠を越え、土山宿までは16km強の道程。その前に腹ごしらえと思うが、関宿内は観光客で溢れ、待たされそう!国道沿いにやっと大衆食堂を見つけ、最後の難所へスタート!
暫く国道沿いに歩き、市ノ瀬集落に入る。西願寺と常夜燈。
山あいの道をひたすら歩く。鈴鹿の山々が迫ってくる。

坂下の地名はその名の通り鈴鹿峠の坂下にあたるところから命名されたとか。当時は街道有数の規模を誇っていたようだが、今は単なる山あいの集落だ。本陣跡の石碑が唯一当時を感じさせる。
気が付けばこの宿場はやけに道幅が広い。ほとんど交通量も無い旧道が何故と思ったが、これが当時の繁栄を残す名残と聞き、納得だ。山々が一段と迫る。

坂下宿を過ぎると、家並みは途切れ、いよいよ山道に入る。
国道を離れ、左にせせらぎを聞きながら歩くと、程なく暗い杉並木に囲まれた片山神社にたどり着く。江戸時代には鈴鹿権現と呼ばれ、往来する人々で賑わったようだが、今は平成11年に本殿も焼失し、荒れ放題だ。
国道と交差しながら歩を進めると、芭蕉の句碑があった。「ほっしんの初にこゆる鈴鹿山」と刻まれている。
覚悟を決めて登っていくと、あっけなく峠に到着。その上、仰々しい峠の標識も無い。何となく拍子抜けだ。写真の標識があるのみ。

木立を抜けると展望が大きく開け、茶畑に出る。静岡の小夜の中山周辺を想い出す。土山もお茶が名産とか。その先には、休憩所があり、鈴鹿峠のシンボルとも言える、高さ5.5mの巨大な万人講常夜燈が立つ。江戸時代に現在の場所に移設されたそうだが、以前は讃岐の金比羅宮にあったとか。
東海道を歩きはじめて、21ヶ月。ようやく近江の国、関西圏に突入だ。日本橋からの国道1号線の距離も434kmを示す。
又、国道と合流し、ひたすら下る。このあたりは山中集落と言われ、城址もある。滋賀県側に入ると一段と寒さが厳しく、手もかじかむ。
山中一里塚公園に鈴鹿馬子唄之碑があった。「坂は照る照る鈴鹿は曇る、あいの土山雨が降る。」と鈴鹿峠を旅人を乗せて越えた馬子たちが口ずさんだ唄で、鈴鹿峠を象徴する唄だ。坂は勿論、坂下の事。今日も土山側は小雨も降り出し、とにかく寒い。
国道沿いに下っていくと、右手に田村神社がある。822年創建と言われる坂上田村麻呂を祀る神社とか。
田村神社の対面には、道の駅「あいの土山」があり、観光客で賑わっている。ここからJR草津線の貴生川までバスが出ている。土山宿まではわずか1.5km程だが、午後4時40分、今日はここまでとする。
JR草津線貴生川駅から帰途につく。初日49,868歩、二日目45,698歩と合計95,000歩余り。まあ良しとする。残り京三条大橋まで60余kmとなった。
余裕を持って、ゴールするには後3日かな。今年度中達成を目指し、ラストスパートだ。ガンバロー!!
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