50番目の宿場町「水口宿」 [2007/3/3 Sat.]

土山宿から約11km。水口宿は東海道第50番目の宿であると同時に城下町だ。宿場内は珍しい三筋通りとなっている。

国道を横切ると水口宿のモニュメントがある。その先、今郷集落にある一里塚跡。
歩を進める国道との合流点の手前に司馬遼太郎の「街道をゆく」のモニュメントがあった。

岩を岩神として祀った。当地では、赤ん坊が生まれると岩神社の前で旅人に命名してもらう風習があったとか。
しばらく進むと、水口宿の東の入口「東見付跡」がある。
古い街並が続く。
水口本陣跡は明治天皇聖跡碑横に石碑があるのみ。
三筋通りの入口には高札場跡が復元されている。
三筋通りを抜け合流地点には水口曳山祭を模した時計のモニュメントがある。
毎年4月20日に開かれる水口曳山祭の名物は各町内に保管される曳山。写真のような背の高い蔵の中に収納されている。

城下町特有の曲がり角を繰り返し、小坂町の曲がり角に大石があった。「水口石」と呼ばれ、江戸時代の錦絵にも描かれているとか。右は火の見櫓のモニュメント。
水口宿を抜け、単調な一本道をひたすら直進する。右手は泉の一里塚跡。
東海道十三渡しの一つ横田渡跡は公園として整備されている。野洲川(横田川)を越えるこの辺りは交通上の要地として重要視されていて、幕府の政策で橋は架けられず、旅人を苦しめたようだ。
巨大な常夜燈。1822年万年講で建設され、高さは約7mある。渡しの碑から対岸が見通せる。国道に戻り、横田橋を渡り、甲賀市に別れを告げ、湖南市(旧甲西町)三雲に入る。
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