ついに京三条大橋ゴール!! [2007/3/24 Sat.]

逢坂山を越えれば、東京都をスタートし、7都府県目になる京都府に入る。長かった東海道の旅も残り僅か、心配された雨もほとんど影響ない。ゴール目指して最後の一踏ん張りだ。

坂を上り始めて間もなく右手に蝉丸神社下社がある。歌人蝉丸を祀っている。神社に入るには京阪電車の踏み切りを渡らねばならない。タイムスリップしたかのような静けさだ。

境内には、小倉百人一首でも有名な蝉丸が詠んだ「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬもあふ坂の関」の碑があった。右は入口に立つ蝉丸宮の常夜燈。

1号線と別れ、161号線を進むと蝉丸神社上社があった。さらに進み名神高速の下を抜け程なく峠を上りきり、逢坂の関跡碑と常夜燈が立ち並ぶ。

少し下り、旧道を右折し間もなく、日本一うなぎ「かねよ」の前を抜ける。鰻料理で有名な老舗のようだ。

その先には蝉丸神社分社があった。右京三条と刻まれた石標を見つけ、歩を進める。

広重の大津宿では名物「走井餅」を商う茶屋が描かれている。ついに雨が落ちてきたが、国道に合流し、元祖走井餅本家の石碑や今も走井餅を扱う「月心寺」の前を下る。

また名神高速の下を抜け、国道から左折すると直ぐに追分の碑があった。伏見道との分岐で、大坂へ直接向かう人はこの道を進んだとの事。右は車石で、牛車用の轍を石に刻み敷設したもの。

歩を進めると山科も近い。西行法師建立と言われる六地蔵があった。京に入り込む悪霊を封じるためで、こじんまりとした六角堂で、中からは読経が聞こえた。

山科駅近くで昼食をとり、歩を進める。11時頃から小雨がぱらついていたが、昼食をとる間に雨も止んだ。この辺り古い石標も多い。

又も国道と合流し、大化の改新で有名な天智天皇陵前を抜け、進む。

古い車石が壁面に保存されている。右は琵琶湖疏水、インクラインに通じるトンネル。独特のレンガ造りだ。インクライン散策は別掲とした。

蹴上の都ホテル前を通る。今は外資系に売却され、改修工事が進んでいるようだ。

三条通りを進み、白川を越えると三条大橋も間近だ。

三条大橋の手前に高山彦九郎(右近)像がある。向いている方向は御所とか。

今日の行程は約16km、大して雨に降られる事も無く、午後2時40分7人揃って、ついに三条大橋ゴール。橋上から鴨川下流を眺める。
三条大橋は天正18年(1590)秀吉によって造られたとか。現在はもちろんコンクリート製だがねぎ坊主型の擬宝珠など当時の面影を十分とどめている。

三条大橋独特のネギ坊主型擬宝珠横で記念撮影。舞妓さんは観光客に記念撮影用の貸衣装をPRするためのモデルさんのようだ。

渡り終えた西側に立つ弥次喜多像の前で同行してくれた7名との記念撮影。総行程492kmを約2年間延べ25日間かけてのゴールだ。写真の学生時代の
どた3仲間や職場の同僚や青木さんご兄弟そしてこのブログなどに支えられてのゴールだ。何事にも熱し易く醒め易いこの私にしては良くやったものだ。自分で自分を誉めてあげたい。

皆さんと大橋近くの珉珉で餃子他中華を食べながら乾杯!記念に作った手ぬぐいの前でもう一度記念撮影だ。
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