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天領であった「上尾宿」から桶川へ。

Photo_59 当時幕府の直轄領・天領であった「上尾宿」までは「大宮宿」から4.9km、「日本橋」からは36.9kmの距離にある。10里弱の距離で最初の宿は「上尾宿」か次の「桶川宿」が多かったようだ。

Photo_51

このあたりまで来ると人、車ともさすがに途絶えてくる。県道164号線を進む。

Photo_53 上尾宿発祥の地だあり、総鎮守の「氷川鍬神社」。その名の通り「鍬」を祀り、五穀を司る農業神を祭神としている。

Photo_54 神社の周辺に当時の本陣や脇本陣が立ち並んでいたようだ。紹介する案内板が立つ。

Photo_55 西日を浴びて、上尾駅前を進む。

Photo_56 少し進んで右に曲がると、薄幸な遊女お玉の墓がある「遍照院」。

Photo_57 「上尾宿」の北の入口辺りに案内板が立つ。

Photo_58 西日が傾く中、先を急ぐ。桶川市にようやく入る。

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