秋晴れの「蕨宿」から浦和に向かう。
「蕨宿」に到着したのは8時半、先週日没になった「蕨宿」の探索からスタートした。
江戸時代は宿場の周りには用水と防備を兼ねた構え掘が巡っていたようだ。出入りのためには「あげ橋」が設けられていた。
旧宿場内はカラー舗装され、当時を偲ばせるような建物や松の植樹、案内板の設置など町おこしに力を入れる蕨市の姿勢が伺える。
10代続くと言う煎餅の「萬寿屋」。
煎餅屋の角から続く「地蔵の小径」を進むと突き当たりは真言宗智山派の古刹、金亀山極楽寺三学院。
子育て地蔵、目に味噌を塗ると効験があると言う目疾地蔵、六地蔵が並ぶ。
スケールの大きい堂々とした寺院だ。
神社の横には「蕨城址公園」がある。戦国時代には城があったようだ。
国道17号を渡り、旧中山道を進むと「東京外環状自動車道」との交差の手前に日本橋から五里を示す「辻の一里塚跡」ぼ碑が公園の片隅にある。
「東京外環状道路」をくぐり、歩を進め、国道17号線を渡り、なだらかな坂道を上る。このあたりは「焼米坂」と呼ばれる。昔、このあたりには焼米を売る茶店があったことが由来だとか。
« 2番目の宿場「蕨宿」へ急ぐ。 | トップページ | 七五三で賑わう「調(つき)神社」 »
「中山道を行く」カテゴリの記事
- 4年ぶりの大津宿へ(中山道最終章)(2011.04.05)
- 「瀬田の唐橋」を渡り、JR石山駅へ。(2011.03.05)
- 東海道と合流する「草津宿」へ。(2011.03.05)
- 京発ち守山泊まり、中山道最後の「守山宿」(2011.03.05)
- 歴史ロマンの里「鏡宿」からJR野洲駅へ(2011.02.24)
この記事へのコメントは終了しました。













コメント