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秋晴れの「蕨宿」から浦和に向かう。

Photo 「蕨宿」に到着したのは8時半、先週日没になった「蕨宿」の探索からスタートした。
江戸時代は宿場の周りには用水と防備を兼ねた構え掘が巡っていたようだ。出入りのためには「あげ橋」が設けられていた。

1 旧宿場内はカラー舗装され、当時を偲ばせるような建物や松の植樹、案内板の設置など町おこしに力を入れる蕨市の姿勢が伺える。

Photo_2中山道宿場六十九次のプレートが埋め込まれている。 Photo_3 Photo_4 Photo_5

10代続くと言う煎餅の「萬寿屋」。

Photo_6歴史民俗資料館は朝早すぎて、又も見れず。

Photo_7 隣接する本陣跡。

Photo_8 煎餅屋の角から続く「地蔵の小径」を進むと突き当たりは真言宗智山派の古刹、金亀山極楽寺三学院。

Photo_9 子育て地蔵、目に味噌を塗ると効験があると言う目疾地蔵、六地蔵が並ぶ。

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スケールの大きい堂々とした寺院だ。

Photo_12 市役所通りには「和楽備(わらび)神社。

Photo_13神社の横には「蕨城址公園」がある。戦国時代には城があったようだ。

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国道17号を渡り、旧中山道を進むと「東京外環状自動車道」との交差の手前に日本橋から五里を示す「辻の一里塚跡」ぼ碑が公園の片隅にある。

Photo_15 Photo_16 「東京外環状道路」をくぐり、歩を進め、国道17号線を渡り、なだらかな坂道を上る。このあたりは「焼米坂」と呼ばれる。昔、このあたりには焼米を売る茶店があったことが由来だとか。

Photo_18 七五三で賑わう「調(つき)神社」を過ぎれば「浦和宿」はもうすぐだ。(「調神社」の紹介は別掲)

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