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宿場町の名残りが見えぬ「大宮宿」から上尾へ。

Photo_41 右手に「氷川神社一の鳥居」。古中山道は参道を通っていたが、その後、江戸初期1628年に西寄りに街道は整備され、宿場が発展したようだ。

1_2 「武蔵国一宮」と書かれた石柱。「大宮」は氷川神社の門前町として栄え、大宮と言う地名も、神社の雅名としての大宮に由来するとか。

Photo_42 その先の中山道沿いに古い言い伝えの残る「塩地蔵」の立派な案内石がある。
この後、大宮駅近くで昼食をとり、歩き始めると偶然、会社の同僚とバッタリ出くわす。ちょうど頼みがあり、一時間ほどコーヒブレイク。

Photo_43 この商店街付近が宿場の中心であると思われるが、残念なことに紹介する案内板一つ無い。今は同じ「さいたま市」であっても、旧「浦和市」と「大宮市」の性格の違いかな?
4番目の宿場「大宮宿」までは「浦和宿」から4.9km、累計で29kmの距離。

Photo_44人と車でごった返す大宮を後に北に向かう。まずJR東北線のガード下を抜ける。

Photo_45  道路際に「大山 御嶽山道標」がひっそりと立つ。良く見ると「大山 御嶽山 よの 引又 かわ越道」と刻まれている。大山は相模大山の事で当時は大山詣が盛んであったようだ。御嶽山は青梅の御岳山、よのは近くの与野、引又は現在の志木、そしてかわ越はもちろん川越を示す道しるべのようだ。

Photo_46続いて東北・上越新幹線、ニューシャトルのガードをくぐり、歩を進める。

Photo_52 宮原付近にある「加茂神社」は「木曽街道六十九次」の上尾宿に描かれている加茂之社の事だ。

Photo_47 地元では「お諏訪さま」の名で親しまれる「南方神社」では「菊祭り」が開かれていた。

Photo_48 Photo_49

蕨を出て、何キロ歩いたか?さすが「さいたま市」は広い。ようやく「上尾市」に入る。

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