だらだら坂を上り「松井田宿」を進む。
国道18号線を進むと「碓氷峠鉄道施設 世界遺産へ」と書かれたでかい立て看板が。横川~軽井沢間の今は廃線となった信越本線の施設を世界遺産に登録しよう言う運動のようだ。
左手の眺望が開け、「妙義山」の奇妙な姿を良く望む事が出来る。眼下には梅の花が満開だ。
国道に別れを告げ、旧道を進み「松井田宿」に入ってくる。人気の無い閑散とした集落だ。建物に往時を偲ばせるもの感ずる。
本陣跡などを紹介する案内などは残念ながら何も無い。唯一「ようこそ 松井田宿へ」と書かれたイラストマップと休憩所がここが昔は宿場町だったことを紹介している。
第16番目の宿場「松井田宿」までは「安中宿」から9.6km、起点の日本橋から129.5kmの位置にある。
町並みを抜けるあたりに和洋折衷の洒落た建物が建つ。昭和14年に警察署として建てられ、今は松井田商工会館となっている。
西松井田駅前を過ぎ、左に曲がるとすぐに、 道祖神の石碑が立つ。
JR線路の手前に江戸から数えて三十二里目の「一里塚跡」の碑が立つ。
線路を渡り、線路沿いに進み、高速道路をくぐると庚申塔が立つ。
その先を右に曲がると「五料の茶屋本陣」がある。「お東」「お西」と二軒並ぶ。大名や公家の休息所で県史跡に指定され一般公開されている。
左手には妙義山をバックに逸話が残る「夜鳴き地蔵と茶釜石」が立つ。
坂の下りには馬頭観音など石碑が連なる。
三度、線路を渡る手前に「碓氷神社」が立つ。これから向かう「碓氷峠 熊野神社」の里宮だそうだ。
線路沿いに進むとJR信越線の今や終点となった「横川駅」に午後5時前到着だ。その後、高崎に戻り、駅前のビジネスホテルで一泊。歩いた距離は約23km、万歩計は38,095歩を示す。緩やかではあるが、上り坂が続き、また履き慣れた運動靴では無く、軽登山靴を履いたため靴ズレに悩まされ、距離よりハードな一日だった。
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