馬頭観世音が続く間の宿から「追分宿」へ。
国道18号に平行してのどかな旧道を進む。この間は「古宿」「借宿」と間の宿が続く。特徴的なことは「馬頭観世音」など石碑・石像が並ぶ事だ。浅間山を眺めながら快調に進む。
馬頭観世音は観世音菩薩の化身、六観音の一つだが、これほどまでに馬頭観世音ばかり多いのは馬の守護神とされることから旅の安全を祈願して、石に馬頭観世音と彫って祀ったのであろう。
もう一つ特徴的なことは周辺の石垣には写真のように黒い溶岩が固まったような石を積み上げて使っている所が多い。昔、このあたりまで浅間山の溶岩流が流れ出した名残りか?
この標識には「女街道入口」とある。「入鉄砲に出女」碓氷の関所を通らずに上州下仁田への抜け道との分岐だ。
右は「草津街道分岐道標
「追分宿」も近い。標高1003mとどでかい標識が。そんなに標高があるのか驚きだ。
「追分の一里塚」。南側にあり、対で保存されている。
いよいよ「追分宿」に到着だ。国道と分かれ右に入る。
立派な「追分宿郷土館」
神社横には清流が流れる。
脇本陣跡の油屋旅館
本陣跡。「追分宿」は「中山道」と「北国街道」の分岐として賑わったようだ。現在も旧宿場町として町おこしをと狙う地元の強い意志を感じる。
手前の「沓掛宿」から4.2km、日本橋から158.2kmに位置する。
旧屋号が燈籠に掲示され町全体で盛り上げようとする姿勢が伺える。右手は「夢のはこ」と名付けられた青空図書館が数ヶ所ある。
整備の行き届いた「追分宿」ともお別れだ。
「追分宿」に別れを告げ、国道との合流点が「中山道」と「北国街道」との分岐がある。「追分」の名の由来だ。「分去れの碑」が常夜燈や地蔵等と立つ。
大きな地蔵の背中には「天下泰平」「国土安全」の文字が。いつの世の中も願いは同じだ。
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