« 交通の要衝として栄えた「垂井宿」 | トップページ | 美濃路西端、国境の町「今須宿」へ。 »

宿場と歴史が交差する町「関ヶ原宿」へ。

P1100324「伊富岐神社」の大鳥居を過ぎ、 間の宿「野上宿」を進む。

P1100328 P1100331

復元された「野上の七つ井戸」と静かな街並み。

P1100354

「六部地蔵」周辺には「松並木」が残り、往時の雰囲気を醸し出す。

P1100356_2P1100362_2 

積雪が増し、「関ヶ原宿」に入る。「関ヶ原宿」は「中山道」「伊勢街道」「北国街道」と三街道が交差し、交通の要衝として繁栄したそうが、今も国道が交差し、渋滞を起こしている。

P1100401

関ヶ原と聞くと、宿場町のイメージより、合戦の地としての名が勝ちすぎているが、ほとんど宿場町としての史跡は残されていない。唯一「脇本陣」跡の門が往時をしのばせる。

「関ヶ原宿」は58番目の宿場町で、手前の「垂井宿」から5.4km、累計で441.3kmに位置する。

P1100409

国道から左に入り、静かな住宅地を進む。

P1100428

「関ヶ原」の地名は古代、日本三関の一つ「不破の関」が置かれたことに由来する。宿場の西の端に「不破の関跡」がある。近くには「不破関資料館」も建つ。

この先は「今須宿」に向かうが、初めて訪れた関ヶ原の町だ。雪は気になるが、古戦場を巡ることにする。

P1100364 P1100365

交差点に戻り、合戦場が連なる北国街道を上る。車道は除雪されているが、歩行者道は雪深く進めない。遠回りながらも、車道を歩く。

P1100372

「石田三成陣跡」の笹尾山への道も進めない。

P1100379 手前の激戦地「島右近陣跡」

P1100382

立派な石碑が立つ「関ヶ原最終決戦地」

P1100387

「家康最後の陣跡」は碑が立ち、公園になっている。

P1100389

P1100406 戦死者を埋葬した「東首塚」と「西首塚」

P1100441

P1100437関ヶ原駅のホームから当地ならではの東西軍武将名を書いた大きな看板が目を引く。

時間は早いが、この先進むには中途半端なので、「関ヶ原駅」より連泊の大垣に戻る。万歩計は27,806歩を示す。

« 交通の要衝として栄えた「垂井宿」 | トップページ | 美濃路西端、国境の町「今須宿」へ。 »

中山道を行く」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 宿場と歴史が交差する町「関ヶ原宿」へ。:

« 交通の要衝として栄えた「垂井宿」 | トップページ | 美濃路西端、国境の町「今須宿」へ。 »

最近のトラックバック