「そえみみず遍路道」から四国第三十七番「岩本寺」
【3日目】昨夜は数回激しい雷雨に目を覚まされられる。台風14号の影響で南から湿った空気が入り込んで来ているとか。午前7時「民宿 安和」を出発したが、小雨がぱらつき、焼坂峠の遍路道は避け国道56号を進む。
国道を進むと写真のような標識を発見!四万十市と四万十町が並んでいるが67kmと21kmと離れており、全く別な場所のようだ。
後で調べると、平成の町村合併でそれぞれ新たに生まれたとか?四万十ブランドの魅力はわからないでもないが標識にも四万十市には旧中村、四万十町には旧窪川とある。
紛らわし過ぎるのでは・・・。旧市町名の方が歴史が感じられ、場所も特定でき、良いと思うのは私だけ?
並行してJR土讃線の列車が走る。
土佐久礼の町に入る。若かりし頃、ビッグコミックに連載されていた漫画「土佐の一本釣り」の舞台になった町だ。主人公・純平の名は今でも地酒の名として残っていた。
土佐久礼から七山峠までは二本の遍路道が残されている。「土佐往還そえみみず遍路道」と「大坂遍路道」だ。理由は無いが国道を右折し、「そえみみず遍路道」を進む。
遍路道に入る手前の長沢集落で有名な接待おばあちゃん奥代初子さんにお接待を受ける。自前の休憩所を作られており、お茶にお菓子のお接待を受け、きんちゃく袋をいただいた。
色々な話を伺ったが、最も印象的だったのは「そえみみず遍路道」復元に尽力された宮崎建樹氏への想い出と御礼だった。私も歩き遍路必携の「四国遍路ひとり歩き同行二人」の著者としては知っていたが、昨年末遍路道で亡くなっていたとの話を聞き、驚いた。
登山口手前のヘンロ小屋31号「そえみみず・酔芙蓉」
いよいよ「そえみみず遍路道」に入る。「そえみみず=添蚯蚓」と言う変わった名前はみみずがはった跡のようにくねくね曲がっている事から付けられたそうだ。
途中、高速道路新設による急坂の迂回路はあるが、比較的なだらかな尾根道が約5km続く。
終点の石標には山頭火の「人生即遍路」の文字が。
七子峠で国道56号に再び合流するが、突然滝のような雨が降り出し、近くの食堂に緊急避難する。
JRや四万十川の支流と並行しながら山あいの国道56号線を進む。
朝スタートして7時間40分、午後2時40分に四国第三十七番「藤井山 岩本寺(いわもとじ)」山門入口に到着する。
境内右手奥に本堂は建つ。
「岩本寺」は元々は聖武天皇の勅令により行基菩薩が開基されたそうだが、後に弘法大師が五末寺を建立し隆盛を極めたようだが、その後栄枯盛衰を繰り返し現在に至ったようだ。本尊は大師が五ヶ寺に安置した不動明王像、聖観世音菩薩像、阿弥陀如来像、薬師如来像、地蔵菩薩像の五尊。
S53年に再建された本堂には全国から公募した575枚の絵が天井を彩る。
境内右手前には大師堂、歓喜天堂が建つ。
緑豊かな境内の光景。
窪川駅前近くの今日の宿「民宿 村の家」に午後3時20分到着する。部屋数3部屋と小さな民宿を年配の女将が営んでいる。口数は少ないが面倒見の良い女将だ。
一泊二食付で5500円でこの料理、鰻にお刺身と割安感いっぱいだ。
この日は奈良からの同じ区切り打ちの先輩男性と東京から通し打ちの若いお兄ちゃんと3名満室の夜だった。
今日の歩いた距離は約30km、万歩計は約39,000歩を示す。突然の雨と蒸し暑さに悩まされた一日だった。
« 横浪スカイラインから須崎市安和まで | トップページ | 国道56号線を南下し黒潮町浮津へ。 »
「四国八十八ヶ所 歩き遍路の旅」カテゴリの記事
- 四国巡礼のお礼参りに「高野山奥の院」(2014.03.29)
- 色々な想いを胸に結願の寺 四国八十八番「大窪寺」(2013.06.30)
- 静御前の思いが宿る四国第八十七番「長尾寺」(2013.06.29)
- 平賀源内のふるさと 四国第八十六番「志度寺」(2013.06.29)
- 五剣山の中腹、四国第八十五番「八栗寺」(2013.06.29)
この記事へのコメントは終了しました。





















コメント