秩父三十四ヶ所観音巡り

2009年4月19日 (日)

秩父三十四ヶ所観音巡り(INDEX)

  訪問日 タイトル
1 2009/2/1(日) 札所巡りのスタート・第一番札所「四萬部寺」
2 2009/2/1(日) 山中無住の札所・第二番札所「真福寺」
3 2009/2/1(日) 田んぼの向こうは第三番札所「常泉寺」
4 2009/2/1(日) 石仏あふれる第四番札所「金昌寺」
5 2009/2/1(日) ぽつんと寂しく第五番札所「語歌堂」
6 2009/2/1(日) 武甲山を正面に第六番札所「卜雲寺」
7 2009/2/1(日) 秩父一大きな本堂第七番札所「法長寺」
8 2009/2/1(日) カエデの大木が茂る第八番札所「西善寺」
9 2009/2/1(日) 安産と子育て観音第九番札所「明智寺」
10 2009/2/1(日) 大きな地蔵さんが出迎え第十番札所「大慈寺」
11 2009/2/1(日) 夕陽に映える第十一番「常楽寺」
12 2009/2/1(日) 重厚な風格漂う第十二番「野坂寺」
13 2009/3/8(日) 街ナカ幼稚園併設の第十三番札所「慈眼寺」
14 2009/3/8(日) 神仏分離の第十四番札所「今宮坊」
15 2009/3/8(日) 白壁・蔵造りの第十五番札所「少林寺」
16 2009/3/8(日) 梅花爛漫の第十六番札所「西光寺」
17 2009/3/8(日) 梵鐘に百観音が鋳出された第十七番「定林寺」
18 2009/3/8(日) 名匠の手がけた第十八番札所「神門寺」
19 2009/3/8(日) 大きな岩盤の上に立つ第十九番「龍石寺」
20 2009/3/8(日) 荒川河岸に建つ第二十番「岩之上堂」
21 2009/3/8(日) 火除けの観音様第二十一番「観音寺」
22 2009/3/8(日) ユニークな仁王様が出迎える第二十二番「童子堂」
23 2009/3/8(日) 秩父盆地を眼下に第二十三番「音楽寺」
24 2009/3/8(日) 鬱蒼とした樹木に囲まれた第二十四番「法泉寺」
25 2009/3/8(日) 弁天池の畔に立つ第二十五番「久昌寺」
26 2009/4/4(土) 奥の院が素晴らしい第二十六番「円融寺」
27 2009/4/4(土) しだれ桜が満開の第二十七番「大渕寺」
28 2009/4/4(土) 奥の院は鍾乳洞の第二十八番「橋立堂」
29 2009/4/4(土) 四季の花々が美しい第二十九番「長泉院」
30 2009/4/4(土) 庭園が素晴らしい第三十番札所「法雲寺」
31 2009/4/4(土) 札所最西端の霊場第三十一番「観音院」
32 2009/4/4(土) 奥の院への道は険しい第三十二番「法性寺」
33 2009/4/4(土) いよいよ大詰め第三十三番札所「菊水寺」
34 2009/4/4(土) やったぞ結願の寺第三十四番札所「水潜寺」

  2月、3月、4月と月一回秩父へ通い、3日で無事結願することができた。最初の二日は全て歩いて巡ったが、最後の一日は所沢に住む友人の車に甘えてしまった。特に30番以降はなかなか歩いて回ることは余程時間と体力に自信がある人でないと難しそうだ。

  秩父霊場巡りは鎌倉時代にはその原型が出来上がり、室町時代には日本百観音巡りが全国に広がったようだが、先人たちの深い信仰心にはただ感心するのみだ。私なんぞは信仰心と言うよりは趣味の写真とウォーキングのためみたいなものだが、昨今の不況で健康よりも先に商売繁盛、社運隆昌を願い手を合わせる我が姿に驚く。

  広島の友人が最近四国八十八ヶ所巡りをスタートしたとか・・・。私もまずは百観音巡りを終えたあと、お遍路さんの姿でゆっくりと四国を巡ってみたいものだ。

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2009年4月 4日 (土)

やったぞ結願の寺第三十四番札所「水潜寺」(すいせんじ)

Photo_13 菊水寺から約15km,車では30分足らずで到着するが、歩いて巡るには札立峠を越え沢伝いにやってくるようだ。小雨がぱらつく中、いよいよ秩父第三十四番札所結願寺「日沢山水潜寺」を訪れた。入口には石標が2本立ち、一つは秩父第三十四番札所」もう一つは「日本百観音結願所」とある。これは、百観音の大悲を一寺に集め御利益を得たいとの願いにより、西国・坂東・秩父の各三十三の札所に一ケ寺を加えることとなり、水潜寺が日本百観音結願寺になったと伝えられている。

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Photo_15 沢沿いに観音堂、本堂などが立ち並ぶ。観音堂は江戸後期に再建されたもので四間四面の方形屋根を有し、周囲の環境ともマッチした結願の寺に相応しい造りだ。

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観音堂の右斜面には寺名に由来でもある「水潜りの岩屋」がある。昔から巡礼を終えた人々がこの水で身を浄めて帰って行ったとの事だ。周囲には石仏が祀られている。しかし現在は崖崩れの恐れありと立入り禁止になっている。

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左手には日本百観音結願堂が立つ。水潜寺ならではの見所も多い。

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結願堂の前には百寺の名前が記された功徳車もある。

Photo_21 足型の上で拝めば百観音巡礼の功徳があると記された結願の「お砂踏み」もある。

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仏足堂

Photo_23 秩父ならではの六地蔵

Photo_24 参道に立ち並ぶ三十三観音像

Photo_25 百観音堂裏には七観音像が立ち並び結願寺に相応しく見所満載だ。

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水潜寺

Photo_28 友人の協力も得て、3日間で秩父三十四ヶ所札所巡りを終える事ができた。素朴なこじんまりとした所が多いが、この狭い地域にこれだけのお寺が立ち存続していること。特に山間の霊場を創建した古人の信仰心、力には感服するばかりだ。本来はもっとのんびりと秩父の文化と歴史を肌で感じながら巡らねばならないのであろう。日本百観音を巡るには関東側では坂東第三十三番札所「那古寺」を残すのみとなった。

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いよいよ大詰め第三十三番札所「菊水寺」(きくすいじ)

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秩父札所巡りも大詰めだ。アーチ状に八重桜が連なる。しかし蕾はまだ固い。寺の入り口には「大桜山長福寺」と刻まれた石標がある。
ここは菊水寺なのでは?と思ったが右側面に右側面に「延命山菊水寺」の文字があった。もともと長福寺であり、かつては菊水寺の別当であったのが、菊水寺が焼けご本尊がここに移されたことで、ここが札所となったとか。

Photo 30番以降山間の広い敷地を持つ霊場ばかりであったが、ここは狭い敷地に入母屋造りの堂々とした観音堂が立つ。中は土間になっていて納経所も中に設けられている。
不老長寿の霊験新たな菊水の井があったことから菊水寺の名の由来だそうだ。

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境内のしだれ桜は満開近い。

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境内には県内最古と言われる芭蕉の句碑がある。

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菊水寺

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札所最西端の霊場第三十一番「観音院」(かんのんいん)

Photo 秩父札所の中で最も西の端にある第三十一番「鷲窟山観音院」に向かう。小鹿野の集落を越え、山道に入る。水子地蔵寺、トンネルを過ぎ、観音院へ到着した。

Photo_2 簡素な造りの仁王門には高さ4m日本一大きいと言われる石像の仁王像が立ち、出迎える。

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仁王門をくぐり、約300段の石段を上る。石段の両側には句碑や石像が並ぶ。この石材は裏山の観音山などから採掘された岩殿石が使われている。

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上り終えると平地になり右手前には鐘楼があり、正面には観音堂が立つ。

Photo_6 観音堂は大きな絶壁の前に立つ。コンクリート製の三間四面造りで新しい建物だ。

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観音堂の左手には水が枯れかかた聖浄の滝や宝篋印塔が並ぶ。

Photo_9 行けなかったが東西奥の院(西は立ち入り禁止)も含めると石仏は190体とか。

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観音院

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奥の院への道は険しい第三十二番「法性寺」(ほうしょうじ)

Photo 三十番までは歩いて充分回ることが可能だが、これからは深い山中に入らねばならない。まずは秩父第三十二番「般若山法性寺」に向かった。秩父札所ではここだけの仁王門と鐘楼が一体となった鐘楼門が出迎える。

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門の近くには、これまた珍しい六地蔵の浮き彫りが立つ。

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山門から少し上ると本堂があり、納経所を兼ねている。上を仰ぎ見ると山の上に小さく奥の院の岩船観音を見ることが出来る。

Photo_6 さらに苔むした石段を上ると観音堂がある。その途中に毘沙門堂が立つ。岩と木々と舞台作りの観音堂が見事にマッチし、別名「秩父の苔寺」と呼ばれるとか。

Photo_7 岩肌を前に観音堂は堂々と立っていた。本尊は「お船観音」と呼ばれる聖観世音で櫂を持ち舟を漕ぐ珍しい観音様だそうだ。

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Photo_8 裏の岩壁は祠のように口を開け、子授け地蔵などが祀られている。

Photo_9 さて奥の院へ進むか迷ったが、洞門を抜け奥の院を探索することにした。

Photo_10 荒れた険しい山道が続く。ここまで訪ねる人は少なさそうだ。

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厳しい岩山だ。途中胎内観音が祀られる龍虎岩や十三仏を抜けひたすら登り続ける。

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30分ほど上ると稜線に出る。稜線を右に下ると岩船観音があり、左に上ると大日如来がある。大きな岩が横たわり鎖も繋がる。納経帳とデジイチを両手に持つ私には足がすくむ。足元まで進むことは断念し、遠目に拝み、奥の院を後にした。

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法性寺

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庭園が素晴らしい第三十番札所「法雲寺」(ほううんじ)

Photo 長泉院から約7km、車で15分程のところに秩父第三十番札所「瑞龍山法雲寺」はある。歩けば秩父鉄道「白久駅」から15分ほどかかるようだ。周囲を山に囲まれた静かな佇まいだ。秩父三十番と刻まれた大きな石標の間を上ると境内だ。

Photo_2 中央に池を配し、本堂や納経所が立つ素晴らしい庭園が広がる。

Photo_3 観音堂は一段高いところにある。秩父札所の中では間違いなく一番の庭園が広がる。

Photo_4 観音堂の左横にはここにも六地蔵が並ぶ。

Photo_5 観音堂はこじんまりとした四方を回廊が包む宝形造りで江戸初期の建立とか。

Photo_6 Photo_7Photo_8 楊貴妃にまつわる逸話も多く、唐から伝わったと言われる楊貴妃の鏡が描かれた絵馬が並ぶ。安産祈願の絵馬のようだ。

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庭園には春の花も咲き乱れる。特にミツマタの黄色い花が映える。

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瑞龍山 法雲寺

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四季の花々が美しい第二十九番「長泉院」(ちょうせんいん)

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また5分ほど車を走らせ、秩父第二十九番札所「笹戸山長泉院」に到着した。どこから集まったのかと思えるほど多くの観光客で賑わっていた。

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入口横には「よみがえりの一本桜」と呼ばれる枝垂桜の大木がそびえ満開だ。

Photo_15 参道に咲くこぶしの花はまだ五分咲きと言ったところか。

Photo_16 庭園は見事に整備され、四季折々の花が咲き、「東国花の寺 百ヶ寺」にも選ばれている。

Photo_17ミツバツツジはまだ蕾だ。満開時には境内が見事に紫色に染まるようだ。

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本堂は間口の広い堂々とした造りだ。江戸中期の建立と言われ、本堂と観音堂を兼ねている。

脇には火坊守護の秋葉堂が建つ。

Photo_22 笹戸山 長泉院

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奥の院は鍾乳洞の第二十八番「橋立堂」(はしだてどう)

Photo_2  車で山沿いに5分ほど走ると秩父第二十八番札所「石龍山橋立堂」に到着した。門前には蕎麦屋が2軒立ち並ぶ。
武甲山の西麓、高さ65m石灰岩の絶壁前に橋立堂は立っている。江戸中期に建立された三間四面の流れ向拝を付した宝形造りだ。

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Photo_4 本尊は秩父札所の中で唯一の馬頭観世音で、日本百観音の中でも、後は西国第29番札所の松尾寺だけとか。

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大絵馬や馬の銅像や左甚五郎作と伝えられる木像が収納される馬堂など馬にちなんだものも多い。

観音堂左手、岩壁前に何の表示も無く、質素な石像が立つ。何かと尋ねた所、地元の名も無い人が彫った秩父宮殿下の像だとか。

Photo_9 左手に橋立鍾乳洞の入口がある。昔は修行の場だったようで橋立堂の奥の院と言われ、弘法大師も修行したとか。今は観光地として入場料200円で公開されている。なかなか質素な鍾乳洞で、体のでかい私にはなかなかハードであった。

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石龍山 橋立堂

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しだれ桜が満開の第二十七番「大渕寺」(だいえんじ)

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秩父第二十七番札所「龍河山大渕寺」はすぐそばだ。岩井堂からは尾根伝いに巡礼道が繋がり、多くの人々がこのコースをとるようだ。
Photo_18 山門横の枝垂桜は見事に満開だ。今日は残念ながら快晴とは言えず、花曇りで もう一つ色がさえない。

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Photo_22 山門を入り、左手に本堂がある。静かな佇まいを見せている。

Photo_23 この水を飲むと33ヶ月寿命が延びると伝えられる延命水。

Photo_24 石段を上り観音堂へ向かう。広々とした境内の高台に月影堂と呼ばれる観音堂は立つ。汽車の煤煙で焼け、平成8年に再建された比較的新しい建物だ。

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Photo_26 観音堂から見下ろすと本堂の向こうに秩父の街並が見える。

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龍河山 大渕寺

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奥の院が素晴らしい第二十六番「円融寺」(えんゆうじ)

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秩父札所巡りも3日目、友人の車に便乗し、まず前回の続き第二十六番札所「萬松山円融寺」を訪れた。広い間口の本堂で、なかなかお寺には見えない作りだ。境内のソメイヨシノはまだ五分咲きと言ったところ。

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納経所でご朱印をいただき奥の院への道を尋ねる。

Photo_5 車で5分ほど走り、昭和電工の敷地を抜ける。守衛さんが親切に道を教えてくれる。

Photo_6 麓の太子堂裏の駐車場に車を置き、山に入る。

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昼尚暗い300段を越す石段をひたすら登る。道の両側には石像が並ぶ。

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歩き始めて10分ほどで奥の院、岩井堂へ到着する。懸崖上に舞台作りで、江戸時代中期の建物だ。周囲の自然に見事に融け込んでいる。
寺伝によると、弘法大師もこの山で修行をしたとの事。

Photo_13 裏の崖の合間には石像が並ぶ。

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さらに奥に進むと修験堂があり、その手前には正観音坐像がある。

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2009年3月 8日 (日)

弁天池の畔に立つ第二十五番「久昌寺」(きゅうしょうじ)

Photo_19 再び江戸巡礼古道を進む。約1時間で秩父第二十五番札所「岩谷寺久昌寺」に到着した。
比較的新しそうな山門が出迎える。
山門には「御手判寺」と書かれた大きな額がかかっている。御手判とは、「閻魔大王」から授かった御手判石を版刷りしたもので、あの世へ無事にいける通行手形だといわれている。

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山門を抜けると崩れかけた岩肌の横に観音堂が立つ。歴史を感ずる建物だが少し荒れた感がすることは残念だ。

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弁天池に沿って奥に進むと本堂や弁天堂が立つ。

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本堂から見ると、弁天池越しに観音堂が、遠くには秩父のシンボル武甲山の姿を見ることが出来る。
境内には菜の花も満開だ。春も間近だ。

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久昌寺

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時間も4時を過ぎ、今日はここまでとする。畑や村落を抜け、30分足らずで最寄の秩父鉄道浦山口へ到着。駅員さんがお疲れさんとお茶を出してくれた。懐かしいJRのお古の電車が入ってきた。

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鬱蒼とした樹木に囲まれた第二十四番「法泉寺」(ほうせんじ)

Photo_4 江戸巡礼古道を通り、秩父第二十四番札所「光智山法泉寺」を目指した。

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音楽寺から秩父ミューズパークの中、満開の梅園を抜ける。

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江戸巡礼古道を進む。途中小川を渡渉し、念仏坂と呼ばれる急坂を登る。なかなかハードだ。
念仏坂とは江戸巡礼が極楽浄土を願いながら念仏を唱えながら念仏を唱えながらこの坂を登った事に由来する。

Photo_11 歩き出して約1時間で法泉寺に到着した。鬱蒼とした樹木に囲まれ、三間四面の宝形造りで、地元の別所の村の共同管理で運営されている。

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納経所の方が色々とお話をしてくれる。当時、別所の村は貧しく、山門を建てる費用も無いため、この観音堂は左右に張り出した前面が山門の形になり。その中に仁王像が納められ、珍しい造りとなっている事を紹介してくれた。江戸中期の建築と言われる。

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法泉寺

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秩父盆地を眼下に第二十三番「音楽寺」(おんがくじ)

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いよいよ山道に入る。小鹿坂巡礼道コースと呼ばれ、かなりハードな登りが続く。40分ほどで秩父第二十三番札所「松風山音楽寺」に到着する。

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納経所から急な石段を登ると広場になり、観音堂がある。見晴らしの良い所に鐘楼がある。
梵鐘には明和5年の銘があり、市指定文化財にもなっている。秩父事件の折に群衆はこの鐘を鳴らして町になだれ込んだそうだ。

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観音堂は三間四面の宝形造りだが四方に回廊が廻らせてあるため、大きく堂々と見える。江戸中期に建てられたそうだ。
縁起によると、天長年間(824~834)慈覚大師が関東を巡錫した折、当地に霊異を感じて、堂宇を建立し、観音像を刻んで安置した。その時、多くの小男鹿が現れて、この地まで案内したので、この辺りは小鹿坂と呼ばれるようになったという。

Photo 眺望も素晴らしく、遠くに武甲山眼下に秩父盆地の街並みが広がる。

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裏山を5分ほど登ると、秩父札所を開設したと伝えられる十三権者の石仏が並ぶ。

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音楽寺

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ユニークな仁王様が出迎える第二十二番「童子堂」(どうじどう)

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県道を南に向かう。約10分ほどで二十二番札所の道標となっている大きなお地蔵さんが登場。バックには武甲山が。のどかな春の田園風景が広がる。

Photo 細い道を道しるべに従い進む。満開の梅の花の下、老婆は春の準備に余念が無い。

Photo_2 程なく茅葺の仁王門に到着。ここが秩父第二十二番札所「華台山童子寺」だ。回りには果樹園などのどかな田園風景が広がる。寺と周囲が見事にフィットしている。

Photo_3仁王門にはユニークな無邪気な仁王様がお出迎えだ。荒川の流木できこりが彫ったと伝えられる。

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平安時代当地で天然痘が流行り、その際聖観世音に祈願したところ病が消えたと言う寺伝により子供の健康祈願の寺として童子堂と呼ばれるようになったようだ。

Photo_6 観音堂には素晴らしい彫刻が施されている。風神・雷神など見事なものだ。

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その他、身代り地蔵尊、とげぬき地蔵尊。地蔵塚など見所も多い。

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童子堂

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火除けの観音様第二十一番「観音寺」(かんのんじ)

Photo 果樹園が並ぶ畑道を抜け、県道に戻り約10分ほどで第二十一番札所「要光山観音寺」に到着だ。

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敷地は広くないがこじんまりとまとまった感じがするお寺だ。観音堂は大正末期に火事で全焼し、再建されたという。その際、本尊は焼けずに難を逃れたため「火除けの観音様」として信仰が厚い。秩父札所には珍しい瓦屋根だ。
正面軒下に「矢之堂」と書かれた額がかかっている。観音寺の通称だ。

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境内には宝篋印塔やその前に並ぶ石像や六地蔵、何故か「しずかさや 岩にしみいる 蝉の声」と刻まれた芭蕉句碑など見所も多い。

観音寺

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荒川河岸に建つ第二十番「岩之上堂」(いわのうえどう)

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龍石寺を出て5分ほどで荒川に架かる旧秩父橋に出る。橋の手前の支那そばやで昼食をとり、橋を渡り対岸の20番から25番札所を目指す。旧秩父橋は県の有形文化財にも指定される昭和6年に竣工した三連アーチ橋だ。

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道しるべ石に従って進む。今までの平坦な道筋と異なり、荒川沿いの河岸段丘の尾根伝いの道のりでアップダウンも多い。梅の花も見事に満開だ。

Photo_6 秩父橋の下をくぐり、急な坂道を上り下りすると程なく木々が生い茂る小道が開け、第二十番札所「法王山岩之上堂」に到着した。

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観音堂は秩父札所の中でも最古のもので江戸初期に建てられたという。荒川の岸の岩盤の上に建ち、かつては渡し舟で渡り、石段を登って参拝したようだ。そのため観音堂は荒川に向かって建つ。
山号の法王山は平安時代末期白川法皇が聖観世音を安置した事に起因すようだ。

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車の入口からは観音堂の屋根の向こうに遠くの山々が良く見える。

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岩之上堂

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大きな岩盤の上に立つ第十九番「龍石寺」(りゅうせきじ)

Photo 再び秩父鉄道の線路を越え、秩父橋方面へ20分程で第十九番札所「飛渕山龍石寺」に到着した。だだぴろい広場のような所にあった。裏に回ると大きな岩盤の上に立つのが良くわかる。

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境内に入ると六地蔵が出迎えてくれる。

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観音堂は昭和48年に地元の人々の手で再建されたという。寺伝によると旱魃に見舞われた際、弘法大師が雨を祈ったところ磐石が割れ、大きな龍が昇天し、雨が降り、大豊作となった言う。龍石寺と言う名もそこから来たようだ。

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観音堂の左手には三途婆堂がある。

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龍石寺

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名匠の手がけた第十八番札所「神門寺」(ごうどじ)

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郊外の街並みを道しるべに従い歩く。再び秩父鉄道の踏切を渡り、国道を越えると10分ほどで第十八番札所「白道山神門寺」に到着した。
狭いスペースに所狭しと色々な施設が立ち並ぶ。観音堂は小さいながらも重厚な造りで回廊を巡らし、向拝も設けられている。作ったのは秩父の名匠藤田家とのこと。
また写真には収めてないが回廊は堂内奥にも巡り、そこには仏像が安置されていた。

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境内には所狭しと不動尊、蓮華堂、ニコニコ地蔵尊、納経所などが立ち並ぶ。

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神門寺

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梵鐘に百観音が鋳出された第十七番「定林寺」(じょうりんじ)

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市街地を外れ10分ほど歩くと静かな郊外に出る。そこで染物屋が目に入り、その横を通り過ぎると第十七番札所「実正山定林寺」に到着した。

Photo 桜並木の参道を抜け短い石段を上ると観音堂だ。

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石段の右手前に鐘楼がある。梵鐘には西国、坂東、秩父百観音のご本尊が浮き彫りにされ、ご詠歌が刻まれている。この梵鐘は県の有形文化財にも指定され、秩父三名鐘の一つになっている。
参拝後に撞くとご利益が消えてしまうので参拝前に撞いてくださいとの説明通りに撞いた後観音堂へ。

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あまり大きくは無い観音堂だが、回廊がめぐらしている。定林寺の名前の由来は寺伝によるとこの地で果てた林定元と言う武将の名から2文字取ったようだ。そのような逸話から「子育て観音」として知られているようだ。

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弁財天や地蔵尊も立ち並ぶ。

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定林寺

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梅花爛漫の第十六番札所「西光寺」(さいこうじ)

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市街地を進む。秩父神社の前を抜け、10分ほど歩くと、梅の花が咲き乱れる道の奥に、白い土塀に囲まれ閑静な第十六番札所「無量山西光寺」に到着。

Photo 秩父神社は秩父地方の総社で毎年12月に開かれる秩父の夜祭は多くの観光客で賑わう。本殿は日光東照宮のモデルとなったと言われている。

Photo_2山門前の木々も手入れが行き届き、落ち着いた雰囲気のお寺だ。

Photo_3山門をくぐり、右手には四国八十八ヶ所霊場の本尊摸刻が並ぶ回廊堂がある。

Photo_4 秩父最古と言われる札堂。札所を巡ることを「打つ」と言うらしいが、語源は納札を札堂の柱に釘で打ちつけた事に由来するためとか。以前はこの小さなお堂が観音堂だったそうだ。

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見所が多い西光寺でもっとも興味深かったのは酒樽大黒天だ。三十石樽と呼ばれる古い樽に大黒天を祀ったところ、願をかけ名刺を残すことで招福の御利益ありと評判になり、多くの参拝客が訪れたとの事。
因みに三十石とは一日三合を30年飲み続ける量だとか!

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大きな本堂は江戸中期に建てられたもので、禅宗が多い秩父札所の中で珍しい真言宗のお寺だ。その他仏足石もある。

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境内の枝垂れ状の梅の花も見事に満開だ。

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納経所の棚上には可愛らしい巡礼姿のキティちゃんが飾ってあった。

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西光寺

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白壁・蔵造りの第十五番札所「少林寺」(しょうりんじ)

Photo_19 市街地の中を抜け、10分ほどで秩父鉄道の踏切を渡り石段を上り第十五番札所「母巣山少林寺」に到着した。
 もともと十五番札所は秩父神社内にあった蔵福寺であったが明治の神仏分離令で廃寺となり、少林寺が継承したとの事。

Photo_20 観音堂は珍しく白漆喰が塗られた蔵造りとなっている。秩父大火の教訓を生かし、明治末に耐火対策で造られたようだ。

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入母屋造りで珍しく向拝が設けられ、天井には千社札がびっしり。境内には秩父半増坊大権神社がある。

Photo_23境内には秩父事件(1884)で殉職した二人の警官の墓や当時の内務大臣山県有朋の碑もある。

Photo_24 少林寺石段前を秩父鉄道の電車が走り抜ける。

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少林寺

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神仏分離の第十四番札所「今宮坊」(いまみやぼう)

Photo_10 市街地の中を抜け第十四番札所「長岳山今宮坊」へ向かう。10分足らずで到着した。住宅地の中、狭い敷地の中に観音堂が立っている。

Photo_11 観音堂は宝永6年(1709)に再建された物とのこと。

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境内には観音堂の左手に勢至堂があり、延命地蔵尊や秩父札所唯一の輪廻塔がある。輪廻塔は極楽浄土を祈って後生車を回す。

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100mほど西に行った所に今宮神社がある。江戸時代は観音堂と今宮神社は一体であったようだが、明治初年の神仏分離と修験道廃止により分離されたようだ。広い神社の敷地内には大欅「龍神木」(駒つなぎの欅」がある。江戸時代は一体が今宮坊の広大な敷地であったことが伺える。

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秩父最古の泉「龍神池」より湧き出る「武甲山伏流水」は「平成の名水百選」にも選定されている。毎年4月4日の水分祭ではこの水を秩父神社に授与し田植祭に使われるとか。境内の清龍の滝」で酌む事もできる。

Photo_18 納経所は寺から道を挟んだ向かえにある。町会の皆さんで保存・運営されているようだ。

今宮坊

今宮神社

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街ナカ幼稚園併設の第十三番札所「慈眼寺」(じげんじ)

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久しぶりに陽春の日差しが暖かく差し込む土曜日、所沢に住む友人と秩父札所巡りに出かけた。9時過ぎ西武秩父駅を出発し、前回の続きとなる秩父第十三番札所「旗下山慈眼寺」を目指す。
市街地の中心にあり、徒歩5分程度で到着。町内の観音様として親しまれているようだ。境内には幼稚園があり、保母さん風の若い女性の「おはようございます!」の言葉が印象的だ。

Photo_2 通りに面した山門をくぐり、左手には鐘楼がある。

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右手には経蔵と薬師堂ある。経蔵には一切経1630巻が納められ、秩父札所の創始者と言われる十三権者の木像が並ぶ。

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Photo_7 正面には本堂がある。明治11年(1878)の秩父大火で消失し、その後明治34年(1901)に一番札所四萬部寺を模して再建されたとのこと。こじんまりとした本堂だが、軒下の彫刻などは立派で見ごたえがある。

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めのお寺としても有名で目の健康祈願に参拝される人も多いとか。境内には「メグスリノキ」が植えられ、納経所では、その樹皮のエキスから作ったお茶を飲むことが出来る。

慈眼寺

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2009年2月 1日 (日)

重厚な風格漂う第十二番「野坂寺」(のさかじ)

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道標に従い、15分ほど約1.2km南へ細い路地を抜け、西武鉄道の高架を抜けると程無く本日最後の目的地、第十二番札所「野坂寺」へ到着した。

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重厚な風格漂う山門だ。質素な小ぢんまりとした札所が多い中堂々とした威容を放つ。明治末の秩父の大火で唯一難を逃れたのが山門だそうだ。山門内にはまだ真新しい怒り、病、悩みなどの苦しみを預かってくれると言う「預かり観音」や牛に乗った「十牛観音」が並ぶ。

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境内には封をした大きな甕が並んでいる。何か奇異な雰囲気で住職に尋ねると「良く聞かれるんですよ。冬の間蓮の養生をしている。」とのこと。蓮の花が咲く季節には壮観であろう。
正面の本堂は昭和49年(1974)再建されたものだ。

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広い境内には花が咲きほころぶ花の寺だそうだが、この時期は残念ながら見ることは出来ない。しかし、可愛らしいおそうじ小僧やふれあい観音など見所満載の秩父には珍しい雅やかなお寺だ。

仏道山 野坂寺

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夕陽に映える第十一番「常楽寺」(じょうらくじ)

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大慈寺から約1km、山をはさんで反対側で秩父市街を一望できる位置に第十一番札所「常楽寺」はあった。一旦国道に出た後、桜並木の坂道を上る。

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江戸時代には大きなお寺であったようだが、明治時代秩父の大火で残念ながら消失し、今は小ぢんまりと観音堂と納経所があるのみである。住職は秩父札所連合会の会長を勤められ購入したガイドブックの巻頭言を書いておられる。

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時は4時近く、陽も西に傾き夕陽が正面から照らす。ここにも六地蔵が立ち並ぶ。

南石山 常楽寺

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大きな地蔵さんが出迎え第十番札所「大慈寺」(だいじじ)

Photo_8 道標に従い、国道を越え横瀬の里を進む。その間約2.2kmで第十番札所「大慈寺」に到着。大きな石の地蔵尊が出迎えてくれる。

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山を背にした斜面に、急な石段を上ると明るく威厳に包まれた仁王門が立つ。最近改修されたようだ。本堂も堂々とした威容を誇る。
大慈寺も明智寺子育て観音として信仰が厚いようだ。

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六地蔵のバックには武甲山の山並みに陽が当たる。

万松山 大慈寺

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安産と子育て観音第九番札所「明智寺」(あけちじ)

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来た道を戻り、道しるべ石に従い線路沿いに秩父駅方向に進む。そこにタイミング良く西武特急がやってきた。良い眺めだ。
左手に武甲山を眺めながら進む。三菱マテリアル(旧三菱セメント)の工場が見えてきた。武甲山側の石灰岩集積場から道路・線路を跨いで石灰岩を運ぶコンベアが工場側へ渡る。

Photo 再び線路を越え、暫く行くと第九番札所「明智寺」だ。角地に小ぢんまりとした真新しい六角堂が立つ。明治16年(1883)落雷で消失したが、100年余経ち、平成2年に再建されたとの事。

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本尊は如意輪観世音で安産と子育ての観音さまとして信仰が厚く、今日もカップルが安産祈願で参っていた。境内には子育て観音が立つ。

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明星山 明智寺

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カエデの大木が茂る第八番札所「西善寺」(さいぜんじ)

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道しるべ石に沿い道を下る。観光農園の前を抜け、集落の中を通り、川を渡り、西武鉄道をくぐり、武甲山の麓を上る。約1.2kmで第八番札所西善寺に到着した。

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山門をくぐり、石段を降りるとコミネカエデの大木に驚く。推定樹齢600年で県の天然記念物に指定されている。紅葉の季節に来てみたい物だ。
本堂は修復されて綺麗だ。ぼけ封じの寺としても人気があるとの事。

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本堂前に銅製のおびんずるさまがある。なで仏として人気を得ているようで、見事に黒びかりしている。
カエデの前には六地蔵が立ち並ぶ。

清泰山 西善寺

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武甲山を正面に第六番札所「卜雲寺」(ぼくうんじ)

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Photo_18 Photo_20  横瀬の集落を奥に進み、大きな石灯籠を左に折れ、ブドウ棚沿いに坂を登れば正面に武甲山を望む事が出来る南斜面の高台に第六番札所「卜雲寺」はある。その間700m。

Photo_21 本尊の聖観音像は行基作と伝えられが、元々は武甲山頂の蔵王権現社内にあったものを宝暦10年(1760)に移されたそうだ。

Photo_22 多くの札所で六地蔵を見る。六地蔵は六道(輪廻の6つの世界)の守護尊と言う意味だそうだ。

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境内はあまり広くないものの、子育て延命地蔵として信仰を集める「ねがい地蔵尊」や小規模な薬師如来堂、交通安全の「ひじり地蔵」、聖観音石像など所狭しと立ち並ぶ。

向陽山 卜雲寺

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秩父一大きな本堂第七番札所「法長寺」(ほうちょうじ)

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山を迂回するように歩を進める。12時も過ぎ、どこか食堂は無いかと歩いていると小奇麗な蕎麦屋さんがあった。屋号は樫、武甲山の麓より湧き出る「延命水」を使い、そばを打っているとの事。定番の大盛せいろそばを食す。なかなか美味だ。

Photo_12 順番は第六番札所だが先に手前の第七番札所「法長寺」に参る事とした。境内に入ってそのスケールに驚いた。小規模の本堂が多い中で、一番大きい本堂だそうだ。現在の本堂は昭和に入り改修されているが、元々は当地に所縁の深い平賀源内の原図に拠るらしい。

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また別名「牛伏堂」と呼ばれ、寺の縁起にまつわる牛伏の石像が3つもある。今年の干支は丑年だが、参拝客は多いのかな?

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青苔山 法長寺

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ぽつんと寂しく第五番札所「語歌堂」(ごかどう)

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道しるべ石に従い、巡礼道を進む。程なく約1.3kmで第五番札所語歌堂に到着する。通りに面し、塀や囲いも無く、まるで村の広場のようである。

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この寺も無住のお寺で、朱塗りの仁王門と観音堂があるだけで少し寂しい。どのように管理されているのかわからないが、荒れる事無く保存されていると言うことは地域に根付いている事の表れか。
本尊は聞きなれない准胝観音とある。この観音様を本尊としているのは日本百観音霊場の中でも語歌堂と西国十一番の上醍醐寺だけだそうだ。
納経所は通りから200mほど入った長興寺だ。

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麦畑を抜け、長興寺に向かう。5分ほどで到着。語歌堂と異なり手入れの行き届いた立派なお寺で、住職(?)も気さくに秩父巡りを親切に案内してくれる。

語歌堂

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石仏あふれる第四番札所「金昌寺」(きんしょうじ)

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道しるべ石に従い再び歩を進める。車は通れないふるさと歩道を行く。途中の橋から横瀬川の清らかなせせらぎを覗く。第四番札所金昌寺までは僅か1.4kmの道程。

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大きな草鞋がかかった山門が度肝を抜かす。

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山門をくぐると境内は石仏で埋め尽くされている。その数は1300を越えるとか。形状、表情等全て異なり、眺めていると時の経過を忘れる。県の指定文化財にもなっている。
石仏に挟まれた坂道を上ると観音堂がある。

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観音堂の回廊にある子育て観音は美しい。赤ん坊にお乳を飲ませる母親の姿であるが、石仏のイメージは全くなく、江戸時代の作品とは思えない程写実的であり、色っぽい。

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奥の墓地に当地出身の代議士荒船清十郎の墓があり、銅像も立っている。

人気があるお寺と聞いていたが、その通りだ。特に写真に興味のある人は一日いても被写体には不自由せず退屈しないのでは!?

高谷山 金昌寺

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田んぼの向こうは第三番札所「常泉寺」(じょうせんじ)

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集落の中を道標に従い歩を進める。途中横瀬川をわたり、しばらく進むと田んぼの向こうに第三番札所常泉寺が見えてくる。真福寺からは約2.5mの道のりだ。

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山門は無く、正面が本堂だ。安政5年(1858年)に再建されたとか。屋根はのびやかなカーブを描いている。

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観音堂は本堂より石段を上る。四萬部寺と同じ名匠の作だとか。正面軒下の彫刻は素晴らしい。

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本堂と観音堂の間には不動池があり、石仏なども並んでいる。長命水は傍らにポンプがあり、一般公開されているようだ。

岩本山 常泉寺

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山中無住の札所・第二番札所「真福寺」(しんぷくじ)

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次に 第二番札所「真福寺」を目指す。要所要所には道しるべ石がある。これは元禄15年(1702年)に建てられたものだそうだ。刻字に白いペンキが塗られ、今尚充分その任を果たしている。途中から山道となり息が切れ、巡礼気分が高まる。真福寺前の高台からは遠く白根山、浅間山方面か真っ白な雪山を見ることが出来る。

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7_2 四萬部寺から約2.1kmうっすら汗をかいて真福寺に到着。このお寺は高篠山(665m)の中腹にあることもあり、木立の中の閑静な札所だ。15世紀終わり頃の記録には当寺は札所に入っておらず33ヶ所だったようだ。16世紀初め仲間入りし、現在の34ヶ所となり、日本百観音が出来上がったとのこと。山中のためか無住の寺で、納経所は麓の光明寺に行かねばならない。
観音堂前の紅梅も咲き始めている。秩父の春も近い。

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途中山道に入り、谷川のせせらぎを聞きながら一気に下る。麓の集落に出て、道標に従い暫く平坦な道を行くと立派な堂宇が立つ光明寺に着く。ここが第二番札所の納経所となっている。

大棚山 真福寺

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札所巡りのスタート・第一番札所「四萬部寺」(しまぶじ)

四萬部寺Photo 日本百観音制覇を目指して秩父三十四ヶ所巡りをスタートした。秩父札所のおこりは、1234年(文暦元年)と伝えられ、室町時代後期には定着し、江戸時代には心の支えとして隆盛を見るようになったとか。秩父の自然の中、総延長約100kmを安らぎとご利益を求めて巡礼していきたい。

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西武秩父駅から西武バス定峰行きに乗車し約25分栃谷下車。道しるべ石の案内に従い歩を進めると5分ほどで第一番札所「四萬部寺」に到着。門前には古を偲ばせる「旅籠一番」がムードを高めてくれる。

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四萬部寺は落ち着きのある発願の寺だ。本堂(観音堂)は、元禄10年(1697年) 秩父の名匠により建造され県の文化財に指定されている。
四萬部寺の名の由来は、幻通と言う僧が4万部の仏典を読経して、経塚を築いたためとか。

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本堂の右手にはユニークな八角形状の施食殿や巡礼用品を販売する納経所、往時を偲ばせる庫裏が立ち並ぶ。素朴ながらも第一番に相応しいお寺だ。

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売店で納経帳や袋を購入し、ガイドをもらってさあスタートだ。

誦経山 四萬部寺

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2009年1月31日 (土)

秩父三十四ヶ所巡りをスタート!

Img_23181 「坂東33ヶ所巡り」footも25ヶ所回り先が見えてきたので日本百観音制覇scissorsに向けて、「秩父34ヶ所巡り」newを並行して進めようかと本屋さんへ行ってきた。山と渓谷社の歩く旅シリーズbook「東海道を歩く」「坂東三十三ヶ所を歩く」に続き三冊目になる。
 最近運動不足気味で明日から2月、プロ野球baseballもキャンプインすることだし、商売繁盛・社運隆昌を祈願し天気sunも良さそうだし、明日早起きclockして秩父へ行ってみようrun
 しかし、秩父は駅探で調べたが遠いなぁhappy02down

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