追分で分かれ、桜咲く「伏見宿」へ。
大津から京都に向かう「逢坂」を上る。途中で国道1号線に合流し、交通量の多い所だ。
坂を上りきると「逢坂の関跡碑」が立つ。「逢坂の関」は京を守る三関の一つで、平安時代に設けられたそうだ。
峠には何故か大きな鰻屋が並ぶ。
周辺には蝉丸を祀る神社が3か所ある。
峠を下る途中、広重の浮世絵にも描かれた走井餅屋(現・月心寺)前を進む。
名神高速をくぐり、国道と分かれしばらく進むと「追分」に出る。そのまま右手を進めば山科を通り、残り6kmほどで京三条大橋へ。左手に進路をとれば道標にもある「伏見道」だ。
ここで左手、「伏見道」を進むこととする。京~大坂を結ぶ「大坂街道(京街道)」だ。「東海道五十七次」とも呼ばれる街道だ。
往時を偲ばせる土塀の家があった。
古い石標を過ぎ、進むと「大宅の一里塚跡」に出る。
真言宗善通寺派大本山「随心院」山門。小野小町ゆかりの寺としても知られているそうだ。
「随心院」では各所で桜も満開が近い。
堤防の花が見事に咲く「山科川」を渡る。
庭園が有名な「勧修寺」前を進む。ソメイヨシノが見事に咲きほころぶ。
名神高速沿いの道を進み、伏見区中心部に近づく。「藤森(ふじのもり)神社」は平安時代以前創建の古社だ。
京阪本線の踏切を渡り、「墨染寺(ぼくせんじ)」前を進む。美しい墨染桜で有名なお寺だそうだ。
本堂前のソメイヨシノは五分から七分咲きと言った所で、遅れて咲く墨染桜は見ることができなかった。秀吉が再興したと伝えられる日蓮宗のお寺だ。本当に京都にはまだまだ知らない美しい寺院が多い。
「伏見宿」は「伏見城」の城下町で、大規模な宿場であったようだ。京の外港として栄えたそうだ。大坂から遡ってきた三十石舟はここから高瀬舟で京に向かったそうだ。しかし「鳥羽伏見の戦い」で焼失し、本陣・脇本陣など遺構は残っておらず地名に往時を偲ばせるほどだ。「大津宿」からは16kmに位置する。
坂本龍馬襲撃事件で有名な船宿「寺田屋」が残り、公開されている。
近くには「龍馬通り」があり、人気の龍馬グッズなどが売られている。
伏見城の外堀であった濠川には「三十石舟」が観光船として復活運航している。
伏見と言えば日本酒が有名だ。直営店や記念館、レストランなどを併設する「黄桜カッパカントリー」。
万歩計は35,000歩を示す。中山道と比べ、道標は整備されていないが、あまり迷うことなく歩くことができた。
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